「倭国創生と阿波忌部」出版記念講演会

倭国創生とモモソヒメ 〜阿讃連合の成立とヤマト王権の誕生〜
講師−阿波歴史民族研究会 林  博 章

講演の趣旨

・卑弥呼の墓とされる最有力候補こそが奈良県桜井市の「箸墓古墳」である。その箸墓古墳は、ヤマトトヒモモソヒメ陵に比定されている。倭国の誕生は如何にして成ったのか。その鍵を握ったのが東四国(阿讃)の動きであり、東讃各地に伝えられる数々のヤマトトヒモモソヒメ伝承は、何を語っているのか。その謎の一端を紐解きます。

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□奈良県では午前中、竜巻警報も出るほどの悪天候であったが、午後には雨も上がり、無事、講演会を開催することができた。[二上山博物館]の2階会議室で行われた会には、地元奈良県はじめ、和歌山・大阪・兵庫・東京などの県外客も交え約50名が参集した。21日の月曜日には、纏向遺跡で卑弥呼が祭祀に使用したと見られる桃約2000個が出土した。邪馬台国の中心が纏向遺跡で、卑弥呼の墓が箸墓古墳であったとするならば、そのモデルは記紀に神懸りする巫女として描かれているヤマトトヒモモソヒメが最有力候補となる。その名のモモの意味するところは、祭事に使用した魔除けの桃に由来するとも考えられる。モモソヒメの足跡や崇神紀関係の伝承は阿波と讃岐の東四国に集中する。講演の最後では、阿波のモモソヒメが一人前になる修行地として讃岐にモモソヒメの足跡が数多く残り、讃岐に農業技術等の援助を展開したために、讃岐が助けられ、その評判が瀬戸内・畿内の首長に呼び、阿波のモモソヒメ、つまり日巫女(卑弥呼)が共立され、大和に東遷し、ヤマト王権が確立された旨の報告を行った。同じ講演は、11月20日(日)に香川県で開催予定。その趣旨の論考は『倭国創生と阿波忌部』を参照してもらいたい。

日 時 9月23日(木)秋分の日 14:00〜17:00

・ところ 二上山博物館(奈良県香芝市藤山1-17-17

・主 催 みそら